シカのE型肝炎について

2003年に兵庫県において、シカ肉の生食による人へのE型肝炎ウイルス感染が報告されました。その他にも、2005年にはイノシシ肉の生食によるE型肝炎の発症も確認され、野生動物が人の病気の感染源になりうるという認識がなされ始めました。そこで、E型肝炎に注目し、野生のニホンジカはどの程度危険なのかについて、最新の研究内容を紹介します。

E型肝炎はどんな病気?;E型肝炎は人獣共通感染症です

E型肝炎はE型肝炎ウイルスを病原体として発症する急性肝炎です。口から病原体が入ることにより感染する(経口感染)肝炎であり、感染すると約6週間後に症状(腹痛、発熱、黄疸など)があらわれます。しかし、症状があらわれずに、感染に気がつかないまま治癒する例も多いといわれています(不顕性感染)。人だけではなく、いろいろな動物にも感染する(人獣共通感染症)ことが疑われている唯一の肝炎です。

どのくらいのニホンジカがE型肝炎に感染しているの?;ウイルスを持っているシカはいませんでした

北海道を含め、日本全国から976頭の野生ニホンジカを捕獲し、E型肝炎感染状況を調べました*注1。その結果、現在ウイルスを保有しているシカは1頭もいませんでした(この分析を行ったのは413頭)。また、E型肝炎の抗体をもっていた個体は2.6%(25/976頭)でした。つまり、100頭のうち2〜3頭が過去にE型肝炎に感染した可能性があることがわかりました。これは、豚(58%)**注2やイノシシ(2.0〜27.5%)、マングース(22.1%)などに比べると非常に低い値であるといえます。

北海道のエゾシカは?;抗体保有率は1.2%でした

北海道で捕獲されたエゾシカについて詳しく見てみましょう。北海道では252頭のシカについて調べました。もちろんウイルスを持っていた個体はいませんでしたが、252頭中3頭(1.2%)の個体が抗体を持っていました。ただし、そのうち2個体は、隔離された地域で高密度に生息しているシカでした。その地域からは、他にも多くのシカを捕まえて調べたのですが、2頭以外の個体は抗体を持っていませんでした。シカ同士の直接的・間接的接触も多いと考えられる高密度下の状況においても、抗体を保有しているシカが少なかったことから、おそらくシカはE型肝炎に感染しにくいのではないか(感染が広がりにくい)と考えることができます。西興部村のシカも55頭調べましたが、ウイルスをもっている個体も、抗体持っている個体もいませんでした。

ニホンジカはE型肝炎の感染源になりうるか?;その可能性は非常に低いです

今回の研究結果から、ニホンジカ(エゾシカ含む)がE型肝炎ウイルスに感染している可能性は極めて低いことがわかりました。したがって、シカが原因となって人がE型肝炎ウイルスに感染する可能性も非常に稀であることがわかりました。兵庫県の例は極めて例外的だったといえます。しかし、家畜のように抗生物質を与えられていない野生動物においては、現在明らかになっていない病気を持っている可能性も否定できませんので、少しでも危険性を減らすためにも野生動物の肉を生で食べるのはやめましょう。またウイルスは冷凍しても死にませんので、ルイベも避けた方がよいです。

*注1)検査は、血液と肝臓、糞を用いて行います。検査内容は以下の2種類です。

1.ウイルス遺伝子の検出;RT-PCR法という方法を用いて、病原体であるウイルスの遺伝子を検出します。そのシカが現在E型肝炎ウイルスに感染しているかがわかります。

2.抗体の検出;ELISA(エライザ)法、ウエスタンブロット法という方法を用いて行います。病原体であるウイルスの侵入により、体内に作られる“抗体”を検出します。そのシカが過去にE型肝炎ウイルスに感染した経験があるかがわかります。

**注2)豚の感染率は高いといわれていますが、子豚の頃に感染し、出荷する頃にはすでにウイルスは体外に排出されているといわれています。そのため、市販されている豚肉の危険は高くありません。それでも市販されているレバーを調べた研究では、約2%のレバーからウイルスが検出されています。そのため、焼き肉をする際などには、生肉を扱う箸と直接口に付ける箸を別にするなどの注意が必要です。

参考論文

榮賢司ら(2006)厚生労働省科学研究費補助金、食品の安心・安全確保推進研究事業、ウイルス性食中毒の予防に関する研究、平成17年度総括・分担研究報告: 27-29.

Li TC et al. (2005) Emerging Infectious Diseases 11: 1958-1960.

Li TC et al. (2006) Am J Trop Med Hyg 74: 932?936.

Matsuura Y et al. (2007) Archives of Virology 152: 1375-1381.

Nishizawa T et al. (2005) J Gen Virol. 86: 3321-3326.

Takahashi M et al. (2003) J Gen Virol. 84: 851-862.

Tei S et al. (2003) Lancet 362: 371-373.

Yazaki Y et al. (2003) J Gen Virol 84: 2351?2357.

(文責 北海道大学 松浦友紀子)

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